1985年のプラザ合意を起点に、急激な円高不況から金融緩和へ転じ、 その後の資産価格上昇(株・不動産)へつながっていくサイクルです。 「円高ショックの受け止め → 緩和による回復 → 1987年の急落を吸収 → 過熱上昇へ」 という流れの中で、市場の前提が“実体経済”から“資産価格”へ傾いていきます。
市場サイクル:バブル形成相場
本サイクルは、為替ショックへの対応として始まった金融緩和が長期化し、 景気対策と資産価格の上昇が同時に進むことで、 リスク許容度が段階的に引き上がっていった局面です。 後年のバブル崩壊(第7サイクル)の“前史”としても最重要のサイクルです。
フェーズ構造
① 1985/09/23 – 1986/12/02プラザ合意後崩壊(円高不況・急調整)
- 急激な円高進行で輸出企業の採算が悪化しやすい
- 景況感の悪化・企業収益懸念で株式は調整局面に
- 政策は景気下支えへ(金融緩和の土台が形成される)
“外生ショック(為替)→企業収益不安→株価調整”の典型形。 ただし本局面は、次フェーズの金融緩和と回復局面を準備する期間でもあります。
② 1986/12/03 – 1987/10/19バブル初期(緩和と回復の同時進行)
- 金融緩和と景気対策が市場心理を押し上げやすい
- 株価は回復から上昇へ移行し、リスクオンが強まる
- 資産価格上昇が「好循環」として語られ始める
重要なのは、上昇の背景が「企業業績」だけでなく、 金利環境と資金供給(流動性)に強く依存し始める点です。 ここから“資産価格が政策の副産物として膨らむ”構造が見え始めます。
③ 1987/10/20 – 1988/09/30ブラックマンデー回復(ショック耐性の獲得)
- 外部ショック(米国発の急落)で一時的にリスクオフ
- しかし回復が早い場合、市場は「下がっても戻る」を学習しやすい
- 緩和環境が続くと、押し目買いが強まりやすい
本フェーズは、バブル形成における“強化学習”の局面。 大きな下落を短期で吸収すると、市場のリスク許容度が一段上がり、 次の過熱局面(④)に進みやすくなります。
④ 1988/10/01 – 1989/12/29バブル狂乱上昇(過熱・期待の自己増殖)
- 株価上昇が上昇を呼ぶ(期待の自己強化)
- 実体以上に資産価格が先行し、バリュエーションが拡張しやすい
- “構造的上昇”ではなく“熱狂的上昇”の性格が強まる
この局面は、相場が「利益」より「期待」と「資金」で動く色合いが強くなります。 相場史的には、ここが天井圏(次サイクル=崩壊の起点)に接続するため、 上昇が強いほど、反転後の下げも大きくなりやすいという 非対称性を内包します。
Market History DB での位置づけ
MHDE上では、本サイクルは 「ショック(円高) → 緩和による回復 → 外部ショックを吸収 → 過熱上昇」 という“リスク耐性の獲得を経たバブル形成”として整理されます。
特に③ブラックマンデー後の回復が速いほど、 市場は「下げは一時的」という前提を強め、 ④過熱局面の形成を加速させやすい―― という相場史的な特徴が読み取れます。
出典
- プラザ合意(1985年)と円高不況、金融政策に関する解説資料
- 1987年ブラックマンデーの経緯と市場反応に関する年表・解説
- 日本のバブル形成期(1988–89)の株価・不動産価格の推移資料

