ITバブル(NASDAQ最高値)

1990年代末から2000年初頭にかけて起こったITバブルは根拠なき熱狂の最たるものでした

概観(overview)

視覚化した部分的なインターネットマップ

概要

1990年代末から2000年初頭にかけて、世界的な経済現象となったのが「インターネット・バブル」でした。
この時期、新興テクノロジー企業の株価が急騰し、多くの投資家がこれらの株に熱狂的に投資しました。
新興企業は未来の成功を約束し、市場は過熱しました。

しかし、これらの企業の多くはまだ利益を上げておらず、投資は主に将来の成長期待に基づいていました。
企業の価値が実態よりも大きく評価されていたため、市場は実態とのギャップが拡大しました。

2000年3月、ドットコム・バブルは急速に崩壊しました。多くのインターネット企業が倒産し、投資家は巨額の損失を被りました。これは「ドットコム・クラッシュ」として知られ、過剰な期待と実際の収益の乖離が原因でした。

しかし、その後生き残ったインターネット産業は成長を続け、新たな技術やビジネスモデルが台頭しました。

背景

1990年代半ば、Windows 95の登場と共にパソコンが一般家庭に普及し、これがインターネットの急速な普及を促進しました。
Windows 95は直感的なユーザーインターフェースを備え、これによりパソコンの使用が一般の人々にも身近なものとなりました。
同時に、インターネットの普及が急速に進み、多くの新しいビジネスがオンラインで展開されました。

新興テクノロジー企業はこれに乗じて株価が急騰し、投資家たちは将来の成長に期待して大々的に投資を行いました。
これがインターネット・バブルの形成の一因です。
企業の評価が実態を逸脱し、市場が過熱する中、多くの投資が無謀なものとなりました。

また、2000年問題もこの時期の不安材料となりました。
コンピュータシステムが日付変更で混乱する可能性があり、これにより企業や組織は大規模なシステムのアップグレードや修復に追われました。
この対応作業に大量の資金やリソースが投入され、これが一部で景気後退を招く一因となりました。

こうした背景から、インターネット・バブルは急騰した企業価値が実際の業績に基づいておらず、市場が合理的でない状態で成長していたことが露呈し、結果的に崩壊へと繋がっていきます。

Windows 95 のインストール直後のスクリーンショット

内閣総理大臣官邸に設置された対策室での内閣総理大臣・小渕恵三
1994 年から 2005 年までのナスダック総合指数

事態推移

ITバブルはドット・コム・バブルとも呼ばれ、IT企業であることを示すドット・コムを企業名に入れれば株価が急騰するような実体のないバブル相場でした。

特に、そのような情報企業銘柄が多いナスダック総合指数は、1996年には1000前後で推移していましたが、1998年7月には2000を突破、1999年11月には3000を超え、年末には4000、そして2000年3月10日には最高値5048に達する凄まじい上昇を示しました。

しかし、その後は一転して下げに転じ、2002年10月9日には1114まで、率にして約78%の下落率を記録します。

これら株価急落により、多くのIT関連ベンチャーは倒産に追い込まれ、「ITバブル」は崩壊しました。

影響

インターネット・バブルの崩壊は、多くの企業や投資家に深刻な経済的影響を与えました。
崩壊後、多くの新興テクノロジー企業が倒産し、これに伴い大量の雇用が失われました。
投資家たちは巨額の損失を被り、一部は財産を喪失しました。
これが一時期の景気後退を招き、株式市場は不安定な状態が続きました。

この時期、企業の会計不正が崩壊の要因となるケースも目立ちました。
多くの企業が実際の業績を過大評価して投資家を欺いていたのです。企業は収益を過大に計上し、実態を反映していない仮想的な価値が株価に反映されていました。
これが市場の歪みを招き、崩壊時に実態とのギャップが顕著となりました。

企業の会計不正は信頼性を失った市場において、さらにダメージを与えました。
これが、その後の経済において監査や統制の重要性が再評価され、企業ガバナンスの改善が求められる契機となりました。
証券取引委員会(SEC)などの規制機関も強化され、透明性と財務報告の正確性が重視されました。

この経済的な混乱と企業の信頼喪失は、その後の金融危機や経済不安にも繋がり、経済全体において様々な改革と調整が求められることとなりました。

その後ITバブル崩壊の影響により、情報通信産業は冬の時代が続きましたが、2008年頃からスマートフォンの普及が進みアプリケーションの開発が進んだこと、 2012年頃からビッグデータを活用した人工知能の研究が盛んになると、それを応用した仮想通貨や自動運転技術が開発されるようになり、再び情報通信産業への投資が進むようになりました。
その結果、ナスダック総合指数は上昇を続けており、2017年にはITバブル絶頂期だった2000年の数値を抜いて更に上昇がつづいています。

携帯電話の進化

日経平均チャート

経緯

日付 内容
1995年 Windows 95の発売。パソコンの普及が進み、各国でインターネットが普及し始める。
1999年 2000年問題(Y2K)。世界中でコンピュータの年数表記の問題が懸念される。
2000年3月10日 ナスダック市場が最高値5048.62を記録。ドットコムバブルの絶頂。
2000年 ドットコムバブル崩壊。ナスダック市場が急落。
2001年 ドットコムバブル崩壊の余波が続き、多くのIT企業が倒産や合併を経験。
2001年9月11日 9月11日、アメリカ同時多発テロ。経済に大きな影響を与える。
2002年 ITバブル崩壊後、経済の立て直しを図る動きが見られる。
2002年10月10日 ITバブル崩壊後、ナスダック市場が安値1,108ポイントで底打ち。。ドットコムバブルの終焉

参考サイト

関連書籍

本来は不安定な動きを示すはずの株価が、さまざまな構造的要因により高水準に維持され、長期的上昇が約束されているというような思い込みがバブルを醸成している
12大事件でよむ現代金融入門 倉都 康行 (著) p.189 第9章ITバブル崩壊の狂騒
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