概観(overview)

概要
阪神・淡路大震災は、1995年1月17日に発生した日本の地震であり、兵庫県南部を中心に発生しました。
マグニチュード7.3の地震で、特に神戸市周辺において甚大な被害をもたらし、多くの犠牲者と被災者を出しました。
背景
大震災の背景には、プレートテクトニクスによる日本列島の地震多発地域と、南海トラフ地震の予兆とされる活動が挙げられます。
この地域では地震への備えが不足しており、建築基準が整備されていなかったことが被害の拡大に繋がりました。


事態推移
震源地は淡路市の南方で、直下型地震として瞬間的な激しい揺れが発生。阪神地域では多くの建物が倒壊し、火災が発生しました。
被災地では救援・復興活動が迅速に展開されましたが、被害規模の大きさから復旧には時間がかかりました。
株式市場では一時的な下落が見られ、特に保険業界の株価が影響を受けました。
しかし、復興が進むにつれて建設業や関連産業の需要が高まり、株価は回復の兆しを見せました。
影響
震災後、日本経済は一時的な不況に陥りましたが、復興需要や復興プロジェクトにより徐々に回復しました。
建設業や関連産業の活況が続き、これが株価の持ち直しに寄与しました。
また、震災を契機に地震対策や建築基準の見直しが進み、災害への備えが強化されました。
阪神・淡路大震災は、日本の経済と社会に大きな影響を与えた出来事であり、災害対策や防災意識の向上につながりました。
同時に、復興プロジェクトが経済を刺激し、株価の回復に寄与したことが大きな特徴です。


英国・ベアリングス銀行の経営破綻
この震災で予想外の影響を受けたのが、「女王陛下の銀行」とまで言われた名門ベアリングス銀行でした。
ベアリングス銀行破綻の引き金となったのは、シンガポール子会社の取引責任者ニック・リーソン氏が、不正取引で日経225先物取引を行っていたことでした。
1月17日に阪神・淡路大震災が起きて日経株価指数が急落し、損失が拡大。
損失を秘密口座に隠蔽すると同時に、先物オプションを買い支えるための更なる膨大なポジションを取ったため、最終的な損失は、ベアリングス銀行の自己資本(750億円)を遥かに超過する約8.6億ポンド(約1,380億円)に達しました。
リーソン氏はこの後、逃亡しますがのちに逮捕されることになります。
日経平均チャート
経緯
日付 | 内容 |
---|---|
1995年1月17日 | 兵庫県南部地震発生 |
1995年1月17日 | 兵庫県「兵庫県南部地震災害対策本部」設置 |
1995年1月17日 | 災害救助法適用決定(神戸市、津名町、淡路町、北淡町、一宮町、東浦町、尼崎市、西宮市、芦屋市、伊丹市、宝塚市、以上、17日付で適用) |
1995年1月30日 | 兵庫県「兵庫県南部震災復興本部」設定 |
1995年2月26日 | 英国・ベアリングス銀行が経営破綻 |
1995年8月20日 | 災害救助法に基づく避難所を解消 |
参考サイト

